資生堂 / SHISEIDO
資生堂(SHISEIDO)は、1872年、日本初の洋風調整剤薬局として誕生。社名の由来は、中国の古典、四書五経のひとつ『易経』からきている。シンボルマークとして知られる「花椿」は1915年に初代社長の福原信三が自らデザインしたものが現在もなお使用されている。 創業者で初代社長の福原有信は西洋薬学を学んだのち、日本になかったビジネスモデル、医薬分業システムを確立。 1916年に薬局から化粧品部門が独立し、化粧品部が開店した。 1927年には株式会社資生堂が発足。資生堂化粧品の取扱店であるチェーンストアが全国に広がり、製品や美容に関する知識とともに、最新のライフスタイルや流行情報を発信する会社となる。また現在のビューティーコンサルタントの前身である「美容部員制度」は同社が誕生させたもの。戦後はグローベルマーケットへの拡大を広げ、現在では世界シェア4位の企業に。資生堂が保有する年間売り上げ100億円以上から500億円規模のブランド・ラインは10以上もあり、さまざまなライフスタイルや嗜好に合わせたブランドを保有している。 100年にわたるスキンケア研究で培われた開発力をもとに、化粧品業界のW杯と呼ばれるIFSCCでは通算23回の優秀賞を受賞し、世界最多記録を誇る化粧品会社である。また、女性の活躍支援に注力。美容師やビューティーコンサルタントなど高度な技術を体得した人材を美容業界に多数輩出している「学校法人資生堂学園 資生堂美容技術専門学校」の運営などに取り組んできた。このほか、復興支援などの社会福祉をはじめ、メイクアップで濃いシミややけどの跡を隠す化粧療法プログラムなどの活動も行なっている。 海外市場の開拓にも積極的に取り組んでおり、1981年に中国での事業を開始。進出当初は国営デパートでの輸入品販売からスタートさせ、着実に資生堂ブランドの定着を図る。事業開始から10年目の1991年、現地企業との合弁会社(JV)、「資生堂麗源化粧品有限公司(Shiseido Liyuan Cosmetics Co., Ltd.)」を設立し、同国での事業を加速させた。このほか、北米、欧州、ASEANなど世界的にその市場シェアを拡大させている。 化粧品以外にも、1941年に設立した資生堂パーラーを通じ、レストラン、フーズ事業を展開。化粧品事業 を軸に多用なビジネスを展開し成長し続けてきた日本を代表する企業。 ★資生堂に関連する記事: ・4月限定! 資生堂パーラー に、ひとつで2度楽しめる春の... ・資生堂の「エリクシール」から初の美顔器キットが限定発売。 ・資生堂のブランド「マキアージュ」がドラマティックにリニューアル! ★資生堂に関連するサイト: ・VOGUE GIRL